1981年12月10日、兵庫県西宮市の駿河銀行(現・スルガ銀行)甲陽園寮で、駿河銀行大阪支店長代理の妻(当時31歳)と長男(当時5歳)が刃物でメッタ突きにされたうえ鈍器で殴られて殺された。
室内には物色された跡があった。
事件から1年後の1982年12月、犯人と名乗る男から電話があり、「凶器は大阪府茨木市北春日丘のため池に捨てた」と話した。
警察が同じ場所を捜索したところ、供述通り凶器と思われる裁ちばさみを発見した。
妻と長男の傷口の状況からみて、この裁ちばさみが凶器である可能性は極めて高いとみられた。
事件から5年後の1986年9月には、兵庫県警西宮署、読売新聞西部本社などに犯人と名乗る男から「北九州市小倉区にいるが、逃走に疲れたので自首したい」との電話があった。
声の様子から男は30代後半から40代前半とみられる。
犯行動機について「鉄工所関係の仕事をしていたが、(駿河銀行に)融資を断られたので抗議に行き、カッとなってやった」と話していた。
凶器について「支店長代理宅へ行く途中のゴミ捨て場で拾ったはさみだ」と証言しているが、1982年に発見された裁ちばさみに関する情報については当時公表しておらず、現場の状況についても公表してない点を話していたことから、この男が犯人で間違いないものと思われた。
しかし電話の男を特定することができないまま、時効が成立した。