1945年(昭和20年)8月30日
愛知県名古屋市北区で発生した恐喝・殺人・殺人未遂事件。
韓国人の男Xは、男1人と共謀し、他人を脅迫して金品を脅し取ることを企て、1945年8月30日21時過ぎごろに名古屋市北区杉栄町四丁目付近の路上で、少年3人を呼び止め、同区生駒町七丁目に連行した。
この時、XとYはそれぞれ被害者のうち2人(AおよびB)を脅し、現金計115円を奪った。
しかし、Aたちは恐喝されたことに憤慨し、AがX・Yに拳で殴りかかったため、入り乱れて組み討ちになり、Xは匕首で少年C(当時18歳)を斬り殺したほか、少年B(当時16歳)にも右腕を切る全治2週間の怪我を負わせた。
加害者Xはその後、恐喝罪および(被害者Bへの)殺人未遂罪・(被害者Cへの)殺人罪で逮捕され、名古屋地方裁判所検事局(現:名古屋地方検察庁)により、同年9月20日に名古屋地裁へ予審請求(起訴)された。しかし、同月27日に勾留先の名古屋拘置所から脱獄し、行方をくらましたため、同年11月16日にXに対する予審手続は中止された。
なお、共犯者Yは恐喝罪に問われ、1946年(昭和21年)1月28日に判決を言い渡されている。
その後、名古屋地裁は時効を中断させるため、14年以内に1回ずつ公判期日を指定し続けてきた。
公判期日指定は、1957年(昭和32年)5月11日を始めとして、1986年(昭和61年)7月3日まで計7回にわたって行われた。
なお、共犯者Yが起訴された恐喝罪については、予審手続の効力が失われた後、Xに対する第1回目の公判期日指定がされるまでの間、同法で規定された公訴時効の中断・停止事由がないまま、時効期間(7年)が経過したことにより、公訴時効が成立した。
その後、事件から56年目となる2001年(平成13年)より数年前になって、被告人Xは韓国へ密出国していたことが判明。
これを受け、名古屋地裁が名古屋地方検察庁と協議したところ、事件から56年が経過し、Xが日本に再入国する可能性も低いことなどから、名古屋地検は公判維持を断念。
名古屋地裁も新たに公判期日を指定しないことを決めたため、殺人罪および殺人未遂罪については、前回期日から15年目となる2001年7月3日をもって公訴時効(15年)が成立した。
旧刑事訴訟法第363条では、「確定判決を経た時」「犯罪後の法令により、刑が廃止された時」「大赦がなされた時」「時効が完成した時」に、免訴の判決を言い渡すことが規定されている。
このため、名古屋地裁刑事第4部(片山俊雄裁判長)は、2001年8月14日に被告人を免訴する判決を言い渡した。