霧積温泉殺人事件とは
1972年8月16日17時頃に碓氷郡松井田町の霧積ダム建設現場付近の小屋で女性の遺体が発見された事件。
女性はノースリーブのブラウスに白いスカートを着用していて、その衣服に乱れがある事から、乱暴された後に殺害された。
事件まで
被害女性が群馬の秘湯「金湯館」に1人で旅行するところから始まった。
最初の予定は母と弟の2人と一緒に来るはずの予定が、2人の都合がつかなくなった。
その為、急遽13日に1人で泊まったと当時新聞では記載されていた。
被害女性は13日に泊まった翌日に、1人で徒歩で下山しようとした。
「金湯館」の女将さんに下山には、徒歩では3時間程掛かってしまう為危険だからと引き止められて、マイクロバスでの下山を進められます。
しかし女性は「1人でも平気だから」とそのままたった1人で下山してしまいます。
帰宅予定だった14日になっても帰宅しないので、心配になった姉が直接探しに行った。
彼女はその後自宅に戻ることなく、一人霧積ダム建設現場付近の小屋の中で凄惨な殺し方をされ、遺体として父親に発見された。
直視できないほど損傷していたその遺体は、仰向けの状態で首や左腕・右手の3箇所に刃物での深い刺し傷や、その他大小合わせると24箇所の刺し傷、さらに心臓は抉られており、あばら骨も3本折れていた。
写真
殺風景な背景に被害女性がぽつりと立ち、さらにその足元を霧のようなモヤがかかって写っていた。
この後の彼女の悲劇を知らせるような写真だった。