5年くらい前の話です。「お前って幽霊の話とか好きだよな。知り合いに霊能力を持った人がいるんだけど紹介しようか?」と友人から誘われました。
心霊的なものに興味を持っていた俺は紹介してくれるよう頼みました。オカルト好きと言っても俺の場合はどちらかといえば幽霊の存在を否定している側で、霊能者の話を聞いて小馬鹿にするのが好きってだけでした。
それから1週間後、友人とその霊能者(霊能力が強いってだけで本当に霊能者かどうかは知りませんが)と俺の三人で会いました。すると霊能者は俺の顔見るなり「あなたに生霊が憑いている」と言いました。
咄嗟の言葉に俺は吹き出しそうになるのをグッと我慢しました。浮遊霊や悪霊ならまだしも生霊って(笑)と突拍子もない発言をなんとか飲み込んで「生霊ってどんな人ですか?」と聞き返しました。もしかしたら俺の顔はニヤけていたかもしれません。
俺の態度を気にかける様子もなく霊能者は淡々と答えます。女性、20歳前半くらい、髪は黒くて肩にかかるくらいの長さ、大きな目、口の右下にホクロがある。
それを聞いた瞬間、身体中から嫌な汗が吹き出しました。俺はその女性を知っている。でも友人には話したことがない。この霊能者が知っているわけがない。
「その人知っています・・・。半年ほど前に別れた人です・・・」
その女性(Aとします)とは合コンで知り合いました。その日にホテルへ誘い、次の日にはAから「付き合ってほしい」と告白され、俺は軽い気持ちでOKしました。
しかし10日後には俺の気持ちが変わって一方的に振りました。別れ話を持ち掛けたときAは泣いていました。俺は彼女になんの言葉もかけず立ち去りました。自分でも酷いことをしたと思います。
それから彼女からの連絡はなかったので俺のことなんて忘れているだろうと思っていました。その経緯を話すと霊能者は対処法を教えてくれました。
「寝る前に心の中でAに謝って。枕元に塩を置くこと。取り憑いている子は決して悪い霊ではないから、本人も生霊になっていることに気づいていないはず」
俺は二人と別れてコンビニへ寄りました。袋用の塩とお菓子とジュースを持ってレジに並び、会計を済ませると店から出ます。
「久しぶりだね」
突然、聞き覚えのある声が聞こえました。肩にかかる黒い髪。大きな目に口元のほくろ。コンビニから少し離れたところにAが立っていました。
ついさっき生霊の話を聞いたばかり。そこにいるAは本物なのか、生霊なのか。頭はパニックで、どうしようどうしようどうしようと考えているとAが口を開きました。
「それ、誰と食べるの?」
Aは離れた場所に立ったまま笑顔で問いかけてきました。視線は俺が持っている袋に向いています。俺は平静を装って「一人でだよ」と答えました。
「へ~、彼女とじゃないんだ。怪しいな~」
俺はその場から離れたい一心で「彼女なんていないよ。じゃ元気でな」と適当に答えて立ち去りました。追いかけてきたらどうしようと不安でしたが振り向いてもAはあの場所にずっと立ったままこちらを見ているだけでした。その日は霊能者から教わった通りにして寝ました。
次の日、俺は仕事を終えて恋人の家に行きました。3ヵ月ほど前から付き合っている彼女がいたのです。その日はそのまま彼女の家に泊まることに。家に一人でいるのが怖かったというのが正直なところです。
彼女の手料理を食べ終えて、彼女が台所で食器を洗っているあいだ俺はテレビを見ていました。その頃には頭からAのことは消えていました。
突然、台所のほうから「キャッ」という悲鳴が聞こえてきました。俺は慌てて台所へ向うと彼女は手に小さな金属を乗せて差し出してきました。それは俺が彼女にあげたプラチナの指輪でした。
「洗い物をするあいだ指輪を外していたの。傷がついたらいけないと思って・・・。洗い物が終わって指輪を見たらこんなふうになってたの・・・。ごめんなさい・・・」
彼女が壊したわけじゃないのは明らかでした。女性の力では無理なほどに指輪はクネクネと曲げられていて、そもそも彼女がこんなことをする理由が思いつきません。俺の頭の中にAの顔がよぎりました。
その時、携帯の着信が鳴りました。二人ともビクっとします。テーブルの上に置いてあった携帯を見ると非通知でした。嫌な予感がします。深い深呼吸をして電話にでます。
「嘘つき」
Aの声でした。
「彼女いないって言ったのに」
その口調には怒りを感じさせず、まるで電話の向こうでは笑顔で話しかけているような明るい口調でした。それが返って不気味で全身の震えが止まりませんでした。
電話を持って震えている俺の姿を見て心配した彼女が「どうしたの?」と声をかけてきます。俺は電話を切って「もう寝よう」と言いました。ただならぬ様子に気づいたようで彼女は頷いてそのまま一緒に寝てくれました。
それからしばらくのあいだは不可解な出来事が起こり続けました。非通知の電話が何度もかかってきたり、家の中で視線を感じたり。外を歩いていると誰もいないのに背後から足音が聞こえることもありました。
しかしそんな事も2週間後にはピタっと止まりました。俺はホッとしたのと同時に不安もありました。Aは俺のことを許してくれたのだろうか・・?
この5年間、ずっと不思議に思っていました。そして先日ついにその謎が解けました。
たまたま家から離れたスーパーに立ち寄ったときにAを見かけました。Aは3歳くらいの男の子と手を繋いでいました。その横にはAの旦那と思われる男性もいました。
好きな人ができたから俺に憑いていた生霊も消えたのだと思います。Aは俺の姿には気づいていないようでした。幸せそうな家族の背中を見ながら、俺は心の中で「あの時は本当に悪かった。ごめんなさい。幸せになってください」と願いました。
何も買わずスーパーから立ち去りました。