大正15年(1926)に竣工した須佐神社近くにある古いトンネル。トンネルの扁額に書かれている文字が、現在一般的に使われる「老」ではなく、異体字(おいかんむりの下が「ヒ」の代わりに「エ」)が使われているため、ネットでは「不差洞」という誤記もあるが、正しくは「不老洞」である。
1945年6月28日の夜半から翌29日の深夜にかけて米軍が行なった佐世保空襲の際、このトンネルに大勢の人が逃げ込んだが、煙に巻かれて多くの人が亡くなったという話がある。一方、2015年6月23日の長崎新聞の記事「戦後70年 ながさき 佐世保大空襲の記憶 1」※では、このトンネルは防空壕と言うより、空襲で亡くなった人の遺体の一時安置所として使われていた旨の記述がある。
いずれの話にしても、このトンネルが空襲で亡くなった人と強い関わりがあるのは事実で、このトンネルではトンネルの入り口に兵隊さんの霊が立っているという噂が有名。
※ https://www.nagasaki-np.co.jp/peace_article/2815/
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