19歳の夏休み。免許を取りたてだった私は、友人たちと車で県内の心霊スポットを巡っていた。
何かが起こるわけでもなく、霊感があるわけでもない。ただ怖い雰囲気を楽しむだけの肝試しだった。
そんなある日、私たちは片道3時間かけて「ダイヤモンドホテル」と呼ばれる廃ホテルへ向かった。
海辺にそびえる8階建ての巨大ホテルで、営業当時の姿がそのまま残されている。
一階には受付やエントランス、ゲームセンター、スタッフルームなどが生々しく残り、足を踏み入れるだけで不気味さに圧倒された。
一階を一通り探索し、次は二階の客室へ向かおうとした時のことだ。
エレベーターホールの手前で、突然友人Aが立ち止まり、振り返って言った。
「俺、先に車戻るわ。」
それだけ言い残し、足早に出口へ向かっていった。
これまでそんなことは一度もなかったので、私たちは驚いてその場で固まってしまった。
だが、不思議と冷静でもあった。
「…流石に、戻った方がいいだろ。」
友人Sの言葉に、全員がうなずいた。探索をやめ、車へ引き返す。
駐車場に戻ると、Aは何事もなかったかのようにスマホをいじっていた。
「なんか見えちゃった?」
私が冗談まじりに聞くと、Aは首を横に振り、淡々と答えた。
「いや、何も見えてない。ただなんとなく戻りたくなっただけ。」
その一言に皆、安堵した。
結局そのまま探索は打ち切り、帰ることにした。
だが私は、二階の客室や宴会場を見たいという未練を少し抱えていた。
帰り道、YouTubeで「ダイヤモンドホテル」と検索し、探索動画をいくつか見てみた。
二階以降の客室や宴会場の様子が映されており、私はそれを見て少し満足した。
動画を見ながらコメント欄を眺めていると、ある書き込みが目に留まった。
「34:17 ここで事件があったんよなー」
タイムスタンプ付きのコメントだった。
(タイムスタンプ:YouTube時間をクリックすると動画がその時間の場所に移動する機能)
クリックすると、動画はちょうどあのエレベーターホール前の場面に切り替わった。
Aが「戻る」と言い出した、まさにその場所だった。
背筋が凍った。
なぜそこが心霊スポットなのか、私たちは調べもせずに訪れていたのだ。
後で知ったことだが――
かつてこのホテルで、旅行に来ていた夫婦が口論となり、夫が妻をエレベーター内で刺殺。
妻は一階エレベーターホール前で息絶えたという。
その事件をきっかけに、ホテルは廃業となった。
もし、あの日あのまま二階へ進んでいたら――
本当に何かが起きていたのかもしれない。