昭和11年生まれの父は、一人親方の大工をしていました。車の免許もなかったため、移動は公共手段か自転車。朝早く出掛けて、夜遅く帰ってくることもざらでした。我が家は山を開発した住宅団地だったので、自転車での行き来は、大変だったと思います。
母は、「一人で夜遅くまでごそごそしよったら、事件に巻き込まれてもいけんじゃろ。あんた一人なら、どうなろうと仕方なかろうけど、家族の身にもなってちょうだい!」と、よく、ぶつぶつ言っていたことが、思い出されます。(私が小学の、三年生位だったと思います。)
さて、そんなある夜の事。
父が夜中の三時前くらいに帰ってきました。あんまりにも遅いため、母もやきもきしていたようです。
私は、たまたまトイレで起きたのでその様子を見てました。
父は、遅い晩御飯を食べながら、話し始めました。「ワシが帰りよぅたらな、出たんじゃ。」
「何が?」母は、怪訝そうに聞きました。
父は遅くなったので、早く帰ろうと山道を抜けることにしたそうです。
自転車を押して歩いていると、突然目の前に白い着物の女が出てきました。
父は、幽霊かと思ってよくよく目を凝らしました。相手も薄い月明かりの中、父を見ていたみたいです。お互いにしばらく突っ立ったまんま顔を見ていたとのことでした。
とりあえず、幽霊では無さそうだったので、父は恐る恐る、「あんた、誰なら?」と、声をかけてみたそうです。
「....しまった!」
女は一言言ったそうです。
父は、女が金づちを持っていることに気がつきました。
そうです。丑の刻参りにはちあったんですね。
「あの、あれじゃ。トゲトゲ頭につけて。真っ白な顔して、真っ白な着物着て。金づち持って。てっきり、幽霊かと思ったけどのぅ。あわてて逃げたわい。叩かれでもしたら叶わんけん。でも、今でもおるんじゃのぅ。あねぇなもんが。(あんな人が)」
離れてからしばらく後ろをうかがって、追いかけてきていないか様子をうかがいながら帰ってきたとのことでした。
丑の刻参りについては、私も詳しいことはよくわかりませんが、人に見られたらいけないし、もし、見られたら見た人を殺めないと、自分が呪いを受けるようになってしまうらしいです。
相手が、父に向かって来なくて本当によかったと、思いました。
「ほら見てごらん!人のいうこと聞かずにほっつき歩いとるからじゃ!」
父は、母からこっぴどく絞られました。
一番恐いのは生きている人間ですよね。