この話に幽霊や殺人鬼は登場しません。
怖い話というよりはもしかしたら悲しい話なのかもしれません。
友人がまだ不動産屋で働いていた時に体験した話です。
新入社員にも関わらず業績の良かった友人はある高級マンションの担当を任される事になりました。
自分が売る事となるマンションの下見をしているとある部屋だけ他の部屋と雰囲気が違う事を感じました。
なんだろう、と友人は思いましたが特に変わったところもなく気のせいか、と部屋の前を立ち去りました。
それから数カ月後、順調に業績を伸ばし続けマンションの部屋もほとんど埋まる事となりましたが、あの部屋だけは買い手が見つからないままでした。
日に日に増していく違和感も気になり部屋の様子を調べているとある事に気付きました。
前の持ち主が売り払ったにも関わらずほとんど未使用なのかとても綺麗な部屋なのですが、廊下が他の部屋に比べて少し短いような感じがしました。
距離にして1メートル、他の開いている部屋と比べてみると間違いありませんでした。
あの部屋に戻り廊下の突き当たりの壁をコンコンと叩いてみると、空洞があるような乾いた音が響き渡りました。
『死体でも出てきたほうがまだ良かったのかもしれない』
と、友人は後日語る事となります。
どうしても気になった友人は上司には知らせず自分で壁を壊してみる事にしました。
転んで壁を壊してしまったとでも言えばなんとかなるだろうという軽い気持ちはすぐに消え去ります。
壊した壁の隙間から中を覗くとびっしりと文字が書かれていました。
赤いクレヨンで。
「お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん・・・・」
急いでその場から立ち去った友人は上司に理由を話しマンションの担当を外してもらうよう頼みました。
上司は怒る様子もなく分かったとだけ言い放ちました。
その後は鳴かず飛ばずの業績ですがそれなりの生活に友人は満足しているみたいです。
ちなみにあの部屋は壊した壁を元に戻し今も売りに出されているそうです。
「お母さん」という文字が残っているのかは分かりません。