岐阜の某メーカーでお客さんを迎えてのデモをする機会があった。
メーカー担当者は名古屋から、お客さんは静岡から、そして俺はは金沢から、岐阜県の片田舎にあるメーカーで現地集合、現地解散という、とても素敵なプランでした。
何を隠そう、その前日の夜から、原因不明の胃痙攣に悩まされ、一晩中、一睡も出来ず布団の中で唸ってました。
これは岐阜行きは無理だな!と諦めかけてたら、明け方午前4時頃にスーっと痛みが消え、そのまま深い眠りに。
朝6時に起こされてみると、痛みは完全に消えて、短い睡眠時間にも係わらず、頭もスッキリしてました。
予定通り、岐阜に向けて出発したのですが、今思えば、これは守護霊様が自分に行くな!
と知らせてくれていたのかもしれない。
7時に家を出て、鶴来~白峰経由で勝山、そして大野。
そこから九頭竜湖の横を通って、国道とは思えないような細いくねくねとした道をひた走りました。
社長からのアドバイスもあり、スタッドレスタイヤに履き替えて行ったのが、運のツキだったのかもしれません。
突然現れる工事中の片側通行等に何度もヒヤッとさせられつつも、午前11時頃に岐阜県の山の中にある某メーカー様に到着。
待ち合わせの時間まで、少し時間が有ったので、近くの道の駅でおみやげ探し。
一息ついて、喫煙所でタバコを吸っていると、聞く気は無かったのだが、トラックの運転手さん二人の会話が耳に入ってきた。
”夜には、絶対に通りたくない道だよな“
“あそこの道は、昼と夜では全然雰囲気が違うからな”
”実際、見た奴は沢山いるから“
“やはり、九頭竜湖の主かなにかかもな?”
という素敵な会話が。
九頭竜湖って、俺が帰りに使うあの道の事?
嫌な予感はしたが、待ち合わせの時間が近づいてきていたので、そのままその場を後にした。
その後、メーカーさんでのデモは順調に進み、一通り、デモが終わり、ミーティング
ルームでの細かい打ち合わせにはいった。
“よしよし、この調子なら、暗くなる頃には、福井の大野に入れるぞ!”
と思ったのもつかの間。
打ち合わせ中に、幾つかの疑問点が浮上してしまい、それなら、実際に
テストしてみましょう!という流れに。
嫌な予感は、大当たりしてしまい、そのメーカーを出たのが夜の9時過ぎ。
デモ自体は大成功だったのだが、帰路の事は、少々気掛かりだった。
思い切って、メーカーさんに聞いてみた。
「九頭竜通って、大野に抜ける道って、夜は危ないんですか?」
「昼なら問題ないですけど、夜はちょっと……」
何がちょっとなのか聞くのも怖かった
「取り敢えず、車なら出なければ大丈夫だと思いますよ!」
と力強い?言葉をいただいた。
車をスタートさせ、見つけたコンビニで、取り敢えず、食料確保。
そのまま、白鳥というところから、山道国道がスタート。
走り始めて、先ず驚いたのが、最初のトンネルに入ったところから、かれこれ10分以上、後続車はおろか、対向車も一台も来ない。
普通なら、快適と感じるのかもしれないが、昼間に聞いた話のせいか、明かりひとつ無い暗闇の連続に、恐怖と孤独感に押しつぶされそうだった。
最初に異変を感じたのが、昼間見た工事用の交互通行用の信号機。
最初は、何の不思議も感じず、青になるのを待っていたのだが、どうもおかしい。
全然、青にならないのだ。
待ち時間の数字のカウントダウンに目をやると、信じられない光景が。
数字が3桁あるのだ。
俺が見た時点で、数字は960位だったと思う。
あと、960秒も待つのか?いや、それ以前に昼間は普通に60秒表示だった筈。
嫌な予感がしたので、対向車の明かりが来ないのを確認して、スタート。
その後も、その訳の分からない信号が何個か続いたが、対向車はゼロで見通しも良い為、そのままスルーした。
そのまま、信号に従っていたら、とんでもなく怖い目に遭いそうな気がした。
その後、がむしゃらに走っていると、目に飛び込んできたのが、またしても、工事用の交互通行の停車位置のサイン。
しかも、こんな夜中に、信号機ではなく、ちゃんと人らしきモノが立っていた。
一旦、きちんと停止したのだが、明らかに異常な光景だった。
明かりひとつ無い真っ暗闇の中に、人が一人で、車を制止させる為に立っている。
正直、怖くて、その人らしきモノの顔を見る事は出来なかった。
もしかして、俺は、違う世界に迷ってしまったのか?
考えるのは、そればかりだった。
そうしていると、その人らしきモノがこちらに近づいてくる。
で、運転席の横へ来ると、窓をコンコン叩かれた。
それと同時に、俺は車をスタートさせた。
なにか、とてつもなく悪い予感に襲われたからだが、今思うと、その男は歩くというより、スーッと滑るように近づいて来たと思う。
それに、あんな暗闇なのに、しっかりとその男の顔が確認できたのだ。
逃げるように全力でダッシュさせる。
当然、対向車も来ないのだが、反対側の停止場所には、人が立っていなかった。
すると、やはり、さっきのは?
考えるのはやめた。
考えたら、気がどうにかなってしまいそうだったから。
それから、暫く走っていると、バックミラーに後続車の明かり。
それが、どれだけ心強かったか。
後続車は、かなりの速度で、俺の車に追い付いてきた。
スタッドレスでスピードが出せない俺は当然、狭い道の横にスペースを見つけて車をやり過ごす事になる。
最初、そのスペースを見つけて車を停止させて時には気付かなかった事だが、そこには確かに誰かが立っていた。
それも、一人ではなく、複数のモノが……。
俺は前の車に離されないように、追い越していった車の後を追うようにすぐに車をスタートさせた。
その時、確かに俺の車の左前方にそれらは確実に存在し視界に入ってきた。
段々、パニック状態になる頭を何とか抑えつつ、前の車を追いかける。
すると今度は、俺の車を追い越して行った車は、追い越して最初のコーナーを曲がると、フッとライトが消え見えなくなる。
この暗闇でライトの明かりを見逃す筈はない。
だが、本当に俺の視界から消えた途端、車のライトはおろか、走っていた痕跡や音も全てが消えていた。
そのまま車を路肩に寄せて停止させる。
そして、車から降りて、追い抜いていった車の音やライトを探そうかと思った。
が、やめておいた。
車から出なければ大丈夫、と言われた言葉が妙に思い出されたから。
そして、また道に出ようとした時に、ある事に気が付いた。
俺の車の助手席側の窓の横に確かに、女性が立っていた。
そのときには、それが人ではない事は十分理解出来ていた。
そのまま、車をスタート。
もうとにかく早くこの峠を越えなくては……それしか頭になかった。
こんな事を書くと、頭がおかしいと思われてしまうかもしれないが、実際、想像して欲しい。
街灯も民家も無い山の中で、後続車はおろか、対向車も来ない状態で、こんな変な事実に遭遇してしまったら……………。
俺は気が変になるのを防ぎたいという思いで、カーステレオのボリュームをかなり上げた。
だが、カーステレオのボリュームを上げたのにはもう1つ理由があった。
先程から、走っている車のすぐ近く、たぶん車の屋根からだと思うのだが、ずっと小さな声が聞こえてきたから。
若い女性の低い声で、止まれ~止まれ~と。
人間、これだけ不思議な事が立て続けに起こると、なにか開き直れるみたいで、正直、その時の俺は、不思議なくらい冷静であり、且つ勇敢だった。
次はなんだ?何をしてくれるのかな?と完全な強がりも飛び出す。
そして、そのまま走っていると前方にうっすらと明かりが見える。
それは遠くからでも公衆電話ボックスだとわかった。
最近はなかなか見ないけど、こんな所に電話ボックスですか。
これは、もしかして……と思って見ると、横を通り過ぎる時、間違いなく、女がひとりボックス内に立っていた。
それも、受話器を持つでもなく、こちらに向かって手招きをしている。
はいはい、と自分の予感が的中した事に半ば呆れつつ、その場を後にする。
そして、暫く走ると、また電話ボックスが。
しかも、先程見た女がまた、手招きをしている。
古びたワンピースを着た髪の長い女がうっすらと笑いかけている。
その顔を見た途端、恐怖でアクセルを更に踏んだ事は言うまでも無い。
実際、怖さでその場から早く逃げたいという気持ちと、このままの速度で走っていたら、いつか崖から落ちてしまうという葛藤が繰り返し襲ってきた。
たぶん、あの者達の狙いも、それが狙いなのかもしれないと思ったが、それでも、アクセルを緩めることは出来なかった。
そうこうしているうちに、難所というか、アップダウンが激しく狭く曲がりくねった道は終わりを告げる。
その代わり、今度は連続して、かなり長いトンネルが現れた。
しかし、朝走った事で、このトンネル区間が過ぎれば、そこそこ民家も現れることは頭に入っていた。
ようやく、ここまで来たな!と思い何個目かのトンネルを走っていると、突然、カーステレオが止まり、強い耳鳴りがしてきた。
来る?と思わず身構える。
すると、前方に、先程の電話ボックスで見た女が、道路の反対車線ギリギリの所に立っていた。
何とか、出来るだけその女との距離を空ける様にして、横を猛スピーとで通り過ぎる。
よし、抜けた。
と思った瞬間、俺は過ちを犯してしまった。
その女の顔を見た時、思わず目を合わせてしまった。
目を合わせるということは、相手の存在を確認していると相手に分からせてしまうから、絶対に目を合わせたり話したりしてはいけないと頭では分かっていたのだが……。
そして、そんな時には必ず、それは車に乗り込んでくる。
間違いなく。
そーっと気付かれないようにルームミラーに目をやる。
居た。
嬉しそうに、うっすらと笑っている。
俺は、何事も無かったかのように、そのまま運転を続け、敢えて気付いていない振りをすることにした。
その女は、ブツブツと一人で喋り続けるのだが、俺には聞こえない振りをするしかなかった。
すると、突然、耳のすぐ後ろから、聞こえてくる声。
見えてるよね?聞こえてるよね?分かってるんだから無駄だよ。
低い大きな声で耳元で話しかけられ、思わず体がビクっとなってしまう。
ただ、過去の経験から、ここで認めてしまうと全てが終わる、つまりあの世に連れて行かれるという事は十分把握していたので、そこは泣きたいくらいの気持ちを抑えつつ、相変わらず、知らぬ振りを強引に続ける。
その間も、何個かのトンネルを通り過ぎ、そろそろ民家が近い事も分かっていた。
わざと、運転席側の窓を見ながら、なんとかこの窮地を逃れる事しかお玉には無かった。
すると、先程、突然停止したカーステレオが大きな音で鳴り出す。
耳鳴りも止んでいる。
もしかして、離れてくれたのか?と思い、もう一度ルームミラーを見ようと車内に視線を移すと、その女はそこに居た。
後部座席ではなく、助手席に。
しかも、ずっと、こちらをじっと見据えている。
俺が再びビクっと反応すると、満足そうに笑った。
俺はもう限界になってしまい、トンネルを抜けたところで車を思いっきり急停車させた。
そのまま、ドアを開けて車外に転がり出る俺。
そして、気付いた。
そのトンネルを抜けた場所は、民家も点在する人間の住む場所である、と。
安堵感と先程の女が出てくるのではないかという緊張感のなかで、どれだけの時間が経過したのだろうか。
急に右からも左からも車が走ってくる。
いつもの空気感。
やっと抜け出せた。
そう思うと同時に、やはり俺は何者かに魅入られ、あと少しで命を落としていたかもしれないと思うと、どっと疲れが出てきた。
そこから、山道は使わず、国道を走っていった事はいうまでもない。
あの危険な道は今も実在している。