『おい、まだか？』
俺は女房に言った
どうして女は支度するのにこんなに時間がかかるのだろうか
『もうすぐ済むわよ。別に急ぐ必要はないでしょ。…ほら翔ちゃん、じっとしてて！』
たしかに女房の言うとおりなのだが、俺のせっかちな性格は昔からなのだから仕方ない
今年もあとわずか
世間は慌しさに包まれていた
俺は背広のポケットからタバコを取り出し火をつけた
『いきなりでお義父さんとお義母さん驚かないかしら』
『なぁに、孫の顔を見たら文句も言わずに出迎えてくれるさ』
俺は横になっている息子を眺めて言った
『お待たせ、いいわよ。あら？』
『ん、どうした？』
『あなた、ここ』
女房が俺の首元を指差すので触ってみた
『あ、忘れてた』
『もう、あなたったら！せっかちな上にそそっかしいんだから。こっち向いて』
『あなた…愛してるわ』
女房は俺の首周りを整えながら独り言のようにつぶやいた
『なんだよ、いきなり』
『いいじゃない、夫婦なんだから』
女房はうつむいたまま照れていた
『そうか…、俺も愛しているよ』
こんなにハッキリと言ったのは何年ぶりだろう
少し気恥ずかしかったが気分は悪くない
俺は女房の手を握った
『じゃあ、いくか』
『ええ』
俺は足元を蹴った