大正12年(1923)4月に開設され、その規模は東京の吉原、大阪の飛田新地、松島新地に並ぶ有名遊郭だったそうだ。最盛期の1937年頃には、娼家138軒または147軒、娼妓約2000人を数えたという。
しかし1958年に売春防止法が施行されると、古い娼家は姿を消し、現在遊郭時代の建物はほとんど残っていない。
その中にあって、高級妓楼であった「旧松岡旅館」は未だに当時の姿を留めている。現在は高齢者向けのデイケア施設「松岡健友館」として生まれ変わっているが、施設の人に頼めば建物の一部を見学されてもらうことが可能らしい。
この遊郭の曰くだが、やはり遊郭だけあって病気で亡くなる遊女、自殺をする遊女も多かったらしく、今でも浮かばれない遊女の霊が出るという話だ。中村日赤病院のある場所には遊里ヶ池という池があり、亡くなった遊女が投げ込まれたり、遊女が自殺したりする事件が頻繁にあったそうだ。その後、池は埋め立てられて病院が出来たが、現在も病院西棟わきに遊女の霊を慰める弁天社の祠がある。この辺り35.172091, 136.861652
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