これは大学時代の話です。
狂ったように勉強してやっと希望の大学に入学できたものの、授業についていけない日々が続き心身ともに疲れきっていました。
思い描いていた大学生活とは似ても似つかない現実に嫌気をさし自殺すら考えることもありました。
このままではいけない、そう考えた私は気晴らしに実家へ戻ろうと思い立ち、その日のうちに飛行機を予約して北海道へと旅立ちました。
入学してたった3ヶ月で随分と痩せた私を見て母は驚愕し、「おかえり」とだけ言って寝どころを整えてくれました。
厳格だった父も私の様子を見て「もう安心しなさい」と今まであまり聞いた事のない優しい言葉をかけてくれました。
2日が過ぎた頃、枕元にさえ教科書を置いておく事が習慣になっていた私は勉強を放り投げ実家に逃げ帰ってきた事をちょっとずつ後悔し始めていました。
母に相談すると、考えすぎだと言われ、気晴らしに裏山を散歩する事を勧めてくれました。
母の助言に耳を傾け、寛大で優しい心を感じ母親は本当に有難い存在だという事に気づきました。
今までそんな大切な感情を忘れていたと気づき無性に悲しくなりました。
小学校の頃によく遊んだ裏山は当時と変わらない姿でそこに存在していました。
懐かしい思いを胸に抱きつつ私は雑草の生い茂る小道を進んでいきました。
すると突如一件の家が視界に入ってきました。
見るからに空き家で朽ち果てた外装、この家の存在を私は知りません。
子供の頃、この裏山でいつも友達と遊んでいたのにこの家の記憶だけすっぽりと抜け落ちてしまったのでしょうか。
何かに引き寄せられるように私はその家へ近づきました。
玄関を入ると右に階段、左は長い廊下があり襖が並んでいました。
臆病な私がなぜかその時だけは恐怖を忘れ階段を上っていきました。
階段にかかっていた古ぼけた振子時計は今も時を刻んでいて、その音はまるで警報のように耳に響いてきます。
階段を上りきると左側に襖があり右側から差す太陽の光に不気味に照らされていました。
私の心臓の鼓動が急激に早くなり襖を開ける事を引き止めているかのようです。
その警告とは反対に私は両手を襖にかけ、一気に開け放ちました。
畳が敷かれたその部屋は思いのほか広く、部屋の奥には祭壇が奉られていました。
誰もいないはずのこの家の祭壇には果物や菊の花がたくさん供えられていて、その中央には花に囲まれるように女性の遺影がありました。
その遺影に写っていたのは見覚えのある高校の制服を着て、うつむき加減の、私の姿でした。