少し前に体験した話。
俺がまだ地方の大学に通っていた時だった。
その非は適当に授業に出た後、いつものようにバイトに行き夜中の12時半頃に帰宅。
シャワーを浴びて発泡酒で乾いた喉を潤す。
「そういえば明日は一限があったな」
夏にしては涼しく、俺はアパートの一階に住んでいるにも関わらずベランダの窓を開けて風通りをよくして寝る事にした。
ちなみにベッドの配置は頭がベランダ側、足が玄関のほうになっていた。
当時の俺は寝つきが悪かったから軽く筋トレをしてウイスキーを一杯だけ飲んでベッドに入った。
夜中の2時過ぎ…
ふと目が覚めた、顔は左向きでうつ伏せになっていた。
夜中に目が覚めることはよくあった。
水を飲んでまた寝ようと思い体を起こそうとしたその時だった。
体が動かない…
気のせいかと思って力を込めた、しかし体は動かなかった。
金縛りだろうか…、俺は初めての体験に焦っていた。
その時、ベッドのすぐ横のあたりを「ミシミシ…、ミシミシ…」と誰かが歩くような音が聞こえてきた。
これが有名なラップ音ってやつだろうか…
その音はやがて壁に移動し、天井まで上がっていった。
「ミシミシ…」
その一方、俺はずっと「キーン」という耳鳴りのような音を聞いていた。
だが一瞬にしてそれらの音が何も聞こえなくなった。
身体から冷や汗が噴出すのを感じた。
「聞く」ことに集中したが何も聞こえてこない、普段どおりの静かな夜。
おかしい…、なんの音も聞こえない…
部屋には冷蔵庫があるし熱帯魚も飼っていた。
本当だったらそれらのモーター音が聞こえてくるはず。
それなのに何も聞こえない。
感じるのは胸の鼓動のドクン…ドクン…だけ。
ゴクリとツバを飲み込んだその時、頭に窓から生ぬるい風が吹いてきたのを感じた。
身体を動かせない俺はあらゆる感覚に集中した。
そして気づいた。
だれかいる…
足元にだれかが立っている…
そいつはうつ伏せに寝ている俺をジーっと見下していた。
観察でもしているのか、あるいは品定めでもするかのように俺をじっくりと見ていた。
何分経ったんだろう、そいつはピクリとも動かない。
さっさと消えてくれ…
ついにそいつが動き出した。
ベッドの上に乗ってきた。
そして俺のふくらはぎの辺りを歩いている。
生暖かく少しヌルっとした感触があった。
なむあみだぶつ…なんみょうほうれんげきょう…
俺は心の中でどこかで聞いたようなお経をひたすら唱えていた。
その時なぜか頭の中に一つの言葉が浮かび上がったきた
爺ちゃん…
俺が生まれてすぐに死んでしまった爺ちゃん。
親戚から爺ちゃんはお前に魂をあげてから逝ったんだよと聞かされていた。
『見える』人が言うには俺の右肩あたりにはいつも爺ちゃんがいるらしい。
俺の上にのってきたやつがもう一歩踏み出そうとした時、俺は心から「爺ちゃん助けてくれ!!」って念じた。
背中の方で「パチンッ」と何かが弾ける音がして、俺にのっていた奴が倒れこんできた。
バターンと倒れこんできた、迫ってくる勢いに俺は「潰される!」って思った。
だけどそいつは俺の背中に覆いかぶさった瞬間、俺の身体をすり抜け消えた。
クゥゥ…タリ…ン カエ……レ…ル…ノ…と言葉を残して。
それとほぼ同時に金縛りが解けた俺はすぐに起き上がり窓を閉めた。
実は夢を見ていて本当は泥棒でも入ってきてたんじゃないだろうか。
そう思い、部屋を見渡して誰もいない事を確認したあと、水を飲んで落ち着いて汗で濡れた服を着替えようとした。
鏡の前で服を脱いでいる時にあいつが背中に倒れこんだのを思い出した。
鏡を見た。
そこには右足のほうから斜めに背中を横切る人の身体をした痣が赤く残っていた。