昭和初期の土石流で245名もの犠牲者を出した硫黄鉱山跡地。
「この先危険につき関係者以外立入禁止」「群馬県」の看板で有名な毛無峠から30分ほど徒歩で下った場所にあるのが、この小串(おぐし)硫黄鉱山跡。毛無峠から砂利敷きの簡易舗装道路で下るが、現在は所々土砂が崩れていて危険。もしここから降りる場合は森林管理署に入林届を出し、複数人で行くべきだろう。
この鉱山は標高約1600メートルという高地にもかかわらず、小中学校や診療所、商店、映画館などが立ち並び、最盛期には2千人以上が住んでいたそうだ。
この鉱山の悲劇は1937年(昭和12年)11月11日に起きた。大規模な山津波(土石流)が集落を襲ったのだ。山津波だけならまだしも、山津波で火薬庫が爆発し、さらに精錬した硫黄にも引火するという2次、3次災害を含む酷いもので、この災害で245名もの人々が亡くなられた。
やはりこの事故にちなむ心霊現象が噂されているようで、犠牲者の霊を祀る地蔵堂近くで、カメラなど機材がおかしくなったり、オーブが写ったりする。また地蔵堂と慰霊碑から程近い所に「殉難の丘」があり、犠牲者に祈りを捧げるための鐘がある。深夜、誰も鳴らしていないのにこの鐘の音がふもとの村まで聞こえるそうだ。
どんな幽霊が出ましたか?
少年5
男性5
老爺1
動物1
少女15
女性1
老婆0
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